第13日 6月23日(金) 総距離317.3km 雨

時刻 行程 歩行距離 累計距離
08:00 住吉荘を出発 -- --
10:50 大日寺(28番だいにちじ)に到着 10.0km --
14:50 稲吉屋旅館に到着 7.0km 17.0km

今日も雨は降り続いているが、昨日よりは涼しく感じる。いつもより遅めの8時に出発するも、左脚の痛みはなくならず、三時間近く歩いてようやく大日寺に到着する。



二十八番札所大日寺の山門


本堂


大日寺の大師堂


お参りを済ませても一向に雨脚が弱くなる気配はなく、この先、夕方まで歩けるだろうか・・・・。不安がよぎるが、行ける所まで行こうと、雨の中を出発する。なんとか5km程歩いたが、足の痛みが激しい。今日はこの辺りで打ち止めにして、最寄りの宿で足を休めよう。地図で見る限り2kmほど先に稲吉旅館があるようだ。携帯で電話して予約を受け付けてもらう。15時前に稲吉旅館にチェックインして部屋で休憩する。と、女将さんが部屋にお茶を運んでくださり、少しお話しする。
私: 「京都から来ました」
女将さん: 「えー、私も40年ほど前に京都の観月橋近くに住んでたんですよ」
私: 「私の家、観月橋から徒歩5分です」>br> 女将さん: 「奇遇ですねー」
とりとめのない会話ですが、暖かいお茶をいただきながら、あそこの角に酒屋があったとか、あられ屋があったとか、観月橋周辺のローカル話しに花が咲く。その後、お風呂、洗濯、食事のルーチンワークをこなし、部屋であれこれ考える。

今日でお遍路を始めて約2週間。最初はペース配分も分からず歩き始め、3日目に遍路転がしの難所 焼山寺をクリアしたものの、右足を痛めてペースダウン。痛み止めの注射でしのいでお遍路を再開し、阿波を抜け室戸岬を越えて土佐の行程を半分程消化した十二日目に、今度は左脚を痛めてまたペースダウン。
なんだか実生活と同じパターンを繰り返すようで気が重い。持病の治癒を祈願すべくお遍路を始めた訳だが、20年ほど前に右肺の病気になって以来、三度再発し、軽い手術を四回受けた。この後遺症で、10年前に右肺周辺に激しい痛みが出るようになり、レントゲンだCTだといろいろ検査しても原因がハッキリしない。神経痛だろうということで、非常に強力という鎮痛剤をのんだが痛みは収まらず、処方した医者には「この薬が効かない訳がない!!!」と逆ギレされた・・・。海外赴任したばかりで仕事も忙しかったし、結構、しんどかった。
あれから十年、さんざん病院をハシゴしたものの有効な治療方法が見つからず持病化した。あと、治療に行き詰まると、たいていの医者は「自律神経の失調かもしれないから、神経課を紹介しましょう」だとか、「精神的な問題の可能性があるから、精神科に行ってみますか」と言い始める。最初はその通りにしていたが、何度か経験すると、「うちでは治らないから他所に行ってくれ」という意味だとわかるようになる。確かに「手に負えない」というのも一つの判断だが、これが続くと患者はたまらない。当時、「医者は診察をするのが仕事。病気を治すという結果に責任感も義務感も持たない。」という不信感が強く、今でも少し残っています。もちろん信頼できるお医者さんも多数おられますから、私の場合はうまく噛み合わなかったんでしょうね。長々と愚痴、被害妄想的コメントを連発して失礼しました。私には、ずっと痛みで苦しんできた実生活と、脚の痛みで何度もペースダウンするお遍路生活が重なって見えたのです・・・。
その後、李月の山口先生に気功治療をお願いするようになりましたが、血流や新陳代謝の活性化など具体的な効果のみならず、何よりも、”最後まで患者を見捨てず心身両面の面倒を見る”姿勢に感銘を受けました。これって、医師、看護婦、カウンセラー、師、友人と一人五役こなすのと同じですからね。ちなみに山口先生から宣伝料はいただいておりませんので、念のため。
持病から解放されたくてお遍路に来た面もあるのだが、四国でも同じパターンが再現されるとは・・・。「現実逃避してはダメ」というお大師様の教えだろうか? ”お遍路は人生そのもの”と言いますが、お遍路も人生も先の事は分からないし、諦めたり暗くなってもしかたない。なんとか明日も歩けますように、オヤスミナサイ。