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厳冬の宇治散策コース

2年程前の1月初旬、京都での初詣を兼ねて宇治を散策した時のコースをご紹介します。宇治は平城京(奈良)と平安京(京都)の間に位置する古くからの交通の要所。加えて、桂川や木津川と合流して淀川となり大阪湾に通じる宇治川の水運・水利を有する交通の要所。源氏物語では雅な王朝文化の舞台となり、平家物語では宇治橋を挟んで激しい武士の戦闘が繰り広げられました。また、仁徳天皇の弟で兄に皇位を譲るため自ら命を絶った美談で知られる菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)は西暦310年前後にここ宇治を本拠地としていたそうですから、平城遷都のずっと以前から日本の歴史に登場し続けてきた古い街でもあります。今回はそんな歴史の街、宇治を堪能すべく、JR宇治駅を起点として平等院、恵心院、興聖寺、宇治上神社、宇治神社の順に歩き、最後はまた宇治駅に戻る4.4kmコース。経路の詳細は下記のグーグルマップでご覧ください。
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宇治川から平等院に
言わずと知れた宇治川です!今回は、この宇治川の両岸を上り下りして、川の畔にある平等院、恵心院、興聖寺、宇治上神社、宇治神社を巡り歩きます。


さて最初の見学ポイントは名所中の名所、平等院。山号は朝日山、開基は藤原家の全盛期を築いた道長の息子、頼通。お寺の知名度ランキングがあれば、かなり上位に来るんじゃないでしょうか。門を潜って、あの有名な鳳凰堂に向かいます。


正面から見た鳳凰堂。その名の通り鳳凰が二羽、屋根の上に屹立しています。


国宝のご本尊、阿弥陀如来像
鳳凰堂と言えば、ご本尊の阿弥陀如来様。平安時代後期の代表的な仏師、定朝の作で国宝に指定されており、公家文化全盛期に相応しい優雅な作風の仏像です。池越しに、また宇治川から阿弥陀様のお顔を拝せるように円窓が空いているので、こんな感じで撮影できました。


池越しで鳳凰堂の全景撮影に挑戦してみましたが、これ以上は広角レンズがないと無理のようです。10円硬貨の絵柄のようにはいきませんでした・・・。


鳳凰堂を3連写
鳳凰堂の全景を撮影できそうにないので、少しずつ角度を変えて撮影してみました。3連続でご覧ください。






池大雅の般若心経・・・
鳳凰堂の勇姿を堪能して、境内奥にある博物館、鳳翔館を見学。当時は池大雅の般若心経が展示されていて非常な感銘を受けました・・・と言うか、釘付けになりました。こういう字が書けたら楽しいだろうなーと、それ以来、図書館や書店に行くたびに池大雅の特集本を漁りましたが、やはり現物の魅力には敵いませんね。


池大雅作品に後ろ髪を引かれつつ鳳翔館に別れを告げ、平等院の境内から写真の喜撰橋を渡って宇治川の中州、”塔の島”に。橋の先には、日本最大の十三重石塔が聳え立っています。


喜撰橋の次は観流橋に朝霧橋 中州から向こう岸を見ると、宇治発電所の流水路に懸かる観流橋の朱色が鮮やか。また流水路と宇治川の合流点は白波も立って、目を引きます。


中州から朝霧橋を渡って、宇治川の向こう岸(宇治上神社、宇治神社側)に。写真正面の鳥居は宇治神社の境内に続きます。また写真では見えませんが、渡った先の橋の袂には源氏物語、宇治十帖のモニュメントがあり、記念撮影ポイントになっています。



恵心院でお参り
先程、中州から見た観流橋を渡って少し上流に歩くと、すぐ恵心院です。


平安時代中期に活躍した名僧の恵心僧都源信が中興したお寺で、境内も小さく目立ちませんが花の寺として有名です。源信は比叡山中興の祖と言われる慈慧大師良源(元三大師)のお弟子さんだそうです。そう言えば、比叡山を歩くコースもご紹介したいですね。比叡山の横川中堂で修行されたかと思うと、源信さんに親近感を感じます。


春秋には季節の花が咲いて奇麗なんでしょうね。真冬というのに健気に水仙が咲いていますが、境内は寒々としています。



続いて興聖寺でお参り
恵心院を出て宇治川沿いの道に戻り、また上流に向かって歩きます。さすが宇治だけあって、風情のある建物が。


興聖寺の石碑、ここから琴坂と呼ばれる参道を登ると境内に到着します。琴坂は紅葉の名所で、秋には赤く染まった楓の枝がトンネルのようになるそうです。


石塔も山門も姿良し
興聖寺の山号は仏徳山、開基は日本曹洞宗の宗祖、道元。1236年、日本初の禅寺として京都の深草に建立されたものの、その後1649年に宇治のこの地に移されたんだそうです。お寺の縁起を知ると、参道の石塔も何やら由緒ありげに見えてきます・・・。


興聖寺の山門、形は竜宮城風ですが白黒のシンプルな色だと落ち着いて見えます。



興聖寺の境内
山門を潜って境内に入ると、また石塔が。先程と同じくスマートというかスラッとしてますね。


「興聖宝林禅寺」の扁額。


裏山は仏徳山
写真正面の建物が本堂。その裏山が山号と同じ仏徳山、大吉山とも呼ばれる山です。宇治神社、宇治上神社の奥からハイキングコースでぐるっと仏徳山を歩けます。


境内から山門の向こう側を見た所。秋には、この山門を額にして紅葉が絵のように素晴らしいそうです。11月末頃にまた来ねば・・・。



今度は宇治川沿いに北上
興聖寺を出て、今度は宇治川沿いに北上します。


観流橋に戻ってきました。この流水路の奥が宇治発電所。


宇治上神社で参拝
恵心院、聖興寺とお寺が続いたところで、今度は宇治上神社で参拝。


宇治上神社の拝殿は鎌倉時代の建物で国宝に指定されています。一口に鎌倉時代と言っても約八百年前・・・。



拝殿も本殿も国宝
宇治上神社の本殿は、拝殿よりもさらに古い平安時代後期の建物で国宝。日本最古の神社建築だそうで、ご祭神の応神天皇、仁徳天皇、菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)がお祀りされています。いずれも270〜399年あたりに実在したとされる古事記・日本書紀の登場人物で、記紀もこの人達の出番とともに神話から実話に変わっていきます。


冒頭でもご説明しましたが、このうち菟道稚郎子は310年前後に宇治で亡くなったとされています。約1700年前の事ですから、約800年前の興聖寺建立がつい先だっての事のよう?さすがに宇治に歴史は古い・・・。などなど妄想しながら改めて拝殿を見学。


お参りを済ませて宇治上神社を出たものの、何となく後ろ髪を引かれて振り返ったところ。


続いて宇治神社に
宇治上神社を出て、今度は宇治神社に向かうと朱色の鳥居が迎えてくれます。


境内に入り、まずはお参りを済ませます。



厳冬の宇治散策コース 最終回(その16)
氏子さん達が境内で作業されておりお話しを聞くと、もともと先程の宇治上神社と宇治神社は一対というか一体というか、同じ神社の上社と下社で、両社で平等院の鎮守社でもあったんだそうです。それが何時の間にやら別の神社として扱われるようになり、宇治上神社は世界遺産の一部に指定される一方で宇治神社は指定から外れたりして、「なんでやねん」って感じのようでした。1700年の歴史は、いろいろややこしい事も引き起こすようです・・・。


こちらは拝殿に当たる桐原殿。


さて、最後は宇治上神社と宇治神社の因縁?も聞いたりして興味深い散策ができました。真冬だけに花や緑の彩りには恵まれませんでしたが、宇治川沿いに平等院、中州、恵心院、興聖寺、宇治上神社、宇治神社と歩き、その長い歴史を実感しつつ紅葉の季節の再訪を誓って今日のコースは終了です。