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山の辺の道(南)で日本のルーツ散策コース

JR桜井線三輪駅近くの大神神社を起点に、山の辺の道を北上して箸墓古墳から終点のJR巻向駅まで約10km。大神(おおみわ)神社での参拝に始まり、500m程北の狭井神社からご神体山 三輪山山頂に登り、下山後に茅原大墓古墳、ホケノ山古墳、箸墓古墳と初期古墳群を回ってJR巻向駅まで約5時間。大神神社(通称、三輪神社)は古事記・日本書紀にも登場する日本最古の神社の一つで、流行りのパワースポーッと。また箸墓古墳は三世紀中期に築造された最古の古墳の一つですから、日本文化・歴史のルーツを辿る散策コースと言っても過言ではないかと。ではいつも通り、コースの詳細をGoogle Mapでご覧ください。なお狭井神社から三輪山山頂の道はGoogle Mapに登録されておらず、省略しましたのでご了承ください。


大きな地図で見る

写真をクリックすると拡大表示します。


10月初旬の初秋だけに暑くも寒くもない薄曇りの空の下、まずは大神神社に向かいます。


いよい二の鳥居を抜けて境内に。なんといっても日本初の政権が生まれた大和国の一之宮、と密かにテンション上げて行ったものの意外にざわざわした雰囲気・・・。庶民的で親しみやすい神様なんでしょうね。


階段を登って注連縄を潜ると


大神神社の拝殿が。ご神体である三輪山を拝殿を通して参拝する形式のため、本殿はありません。主役はあくまでも三輪山、そのせいか境内もこじんまりとしています。


境内に屹立する巳の神杉(みのかみすぎ)。三輪の神様の原初的形態は蛇神ですが、この杉の根本に蛇が住んでいたことに因んで名付けられました。蛇神が、後に竜神・水神、雷神、農業神、五穀豊穣の神と転じ、大和政権の誕生とともに国家神的な神に至ったようです。


拝殿でしっかりお参りして次の目的地、三輪山への登山口がある狭井神社に向かいます。途中、大神神社の摂社の一つ若宮社の前を通過。正式名称は大直禰子神社ですが、明治の廃仏毀釈までは神宮寺だったそうで、鳥居越しに見える建物も神社と言うよりはお寺ですね。


昼顔でしょうか?


キク系のようですが孔雀草でしょうか?


木の上に鳥を発見、山鳥の子供でしょうか?



若宮社のすぐ隣、高台にある久延彦(くえひこ)神社に登り、小さな境内から三輪山を遙拝した所


久延彦神社と社務所


大神神社の由緒、写真をマウスでクリックすると拡大表示できます


久延彦神社から下界を見渡すと、右下に大神神社の大鳥居。あと大和三山らしき山影が、右から耳成山、畝傍山、天香久山だと思います。


露草でしょうか、昔は”つきくさ”と呼んだそうです。万葉集では月草、俳句では蛍草とも詠まれて秋の季語にもなっています。


久延彦神社から下りるとすぐに狭井神社に到着。ちなみに久延彦神社は大神神社の末社、狭井神社は摂社で、摂社の方が格式が上です。


ここ狭井神社には大神神社の主祭神、大物主神の荒魂がお祀りされています。と言うことは、先程の大神神社には和魂がお祀りされているんでしょうね。お参りをして11:30に受付を済ませると、お借りした輪袈裟を掛けてご神体山の登山口に入ります。本来、禁足地ですから入山ルールが厳しく、ここからは撮影禁止です。


思ったよりきつい山道でしたが、山頂の磐座にお参りも出来ましたし、往復1時間45分程のプチトレッキングを楽しめました。写真は、下山直後に撮影した注連縄です。


こちらは屋根が苔生す狭井神社の拝殿


ご神体山の山頂に続く道


拝殿の瓦は大神神社の神紋、大神氏の家紋でもある三本杉。蛇神の鱗も意識した意匠のようです。


拝殿の奥にある神水の井戸・狭井、神社の名前の由来となった山の湧き水です。昔から薬水と呼ばれ、病気を治すために神水を汲みに来る参拝者が多いそうです。


ここがご神体山への登山口


境内で休憩を取り、次の目的地に向けて境内を抜けます


日本最古の街道の一つ、山辺の道を北(天理方面)に向かいます


次の目的地は茅原大墓古墳


無花果(いちじく)はまだ収穫には早いようです


田畑に沿って古墳に向かって歩く


三輪といえば、やはり素麺!



集落の中を抜けると、茅原大墓古墳が姿を現します


びっしりと木が密生して古墳の形が見えませんが、全長65mの帆立貝式古墳です


茅原大墓古墳を振り返った所。Google Mapの下にある青字のリンク”大きな地図で見る”をクリックして地図を表示して航空写真に切り替えてみてください、古墳の形や丸い池の隣にあることが良く分かります。


面白い形の花ですね、棘付きの袋のような・・・


次はホケノ山古墳を目指しますが、手前の国津神社に参拝することに


村の祭事で使われるんでしょうか


村社らしくさりげない境内が良いですね


国津神社のすぐ北にあるホケノ山古墳


全長80mの帆立貝式古墳、発掘調査がされた古墳だけに形状もはっきりと確認できますし、墳丘上に登ることも出来ます


前方部で発見・発掘された埋葬施設


ホケノ山古墳の墳丘から見た箸墓古墳、遠目にも巨大な古墳であることが分かります


稲が青々とした田圃の間を抜けて、今日最後の目的地 箸墓古墳を目指します


線路を越えると古墳はもうすぐ


コスモス畑の中を雉が駆け抜けていきましたが、残念ながら撮影できませんでした


いよいよ箸墓古墳が姿を現します。三世紀中旬に築成された初期の前方後円墳で全長278mの巨大なものです。没年が重なる卑弥呼の墓とする説もありますが物証はなく、仮説に過ぎません。


宮内庁により第7代孝霊天皇の皇女、倭迹迹日百襲姫命大市墓(やまとととひももそひめのみことおおいちのはか)として陵墓指定されており立ち入り禁止。鬱蒼とした密林で覆われており形状も分かりませんが、これもGoogle Mpaの航空写真モードで見ると前方後円墳であることがハッキリ確認できます。


巨大古墳に圧倒されつつ最寄りのJR巻向駅まで歩いて今日の散策は終了。大神神社参拝、三輪山登山、初期の前方後円墳見学と日本のルーツを実感した4時間30分コースでした。