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番外編: 堺の百舌鳥古墳群散策コース

日本の古代史に詳しい先輩にくっついて、大阪は堺の百舌鳥古墳群を歩いてきましたので、古墳巡礼の散策コースとしてご紹介します。行程は、まずJRで京都駅から阪和線の三国ヶ丘駅に移動して、ここを起点に田出井古墳(伝反正天皇陵)→大仙古墳(伝仁徳天皇陵)→大仙公園、堺市博物館→上石津ミサンザイ古墳(伝履中天皇陵)→いたすけ古墳→御廟山古墳→JR阪和線 百舌鳥駅で、全長12km強で所要時間は5時間半。詳細は下記の地図でご確認ください。

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百舌鳥古墳群は50前後の古墳で構成されますが、中でも世界最大の面積を誇る仁徳天皇陵は圧巻。下の写真はこの巨大古墳の全景です。皆さん、教科書や歴史本などでご覧になったことがあると思います。ただ私が小・中学生の頃は学校で仁徳天皇陵として教わりましたが、学術的には異説も多く被葬者は未確定のため、現在は地名を取って大仙古墳などと呼ばれるそうです。
このページの写真をクリックすると拡大表示します。


まずは10時15分に三国ヶ丘駅から北に歩き始め、田出井古墳に向かいます。宮内庁は反正天皇陵と比定していますが、ここも仁徳天皇陵と同じく学術的には未確定だそうです。多くの古墳は天皇家の墓という理由で宮内庁の管轄地とされ、学術調査を含む立ち入りは一切禁止。ここ田出井古墳もジャングルのように樹木で覆われ、古墳の原型すら見えません。大仙古墳と同じく前方後円墳ですから、木の下にはリンク先のような形の古墳が眠っているはずです。



宮内庁認定の天皇陵のため、鳥居のついた拝所が設置されています。



古墳の周囲は濠に囲まれ、その周りは住宅がびっしり。残念ながら全景を見る事はできません。



こちらは田出井古墳(伝反正天皇陵)の陪塚(ばいちょう)、鈴山古墳。古墳のてっぺんにある木がユニークな形をしており、好い目印になりそうです。



少し休憩して三国ヶ丘駅に戻り、今日の目玉の大仙古墳(伝仁徳天皇陵)に向かいます。古墳は三重の濠で囲まれ、その外側が一周3kmの周回路になっています。さすが世界最大の古墳だけあってスケールがでかい! 写真は一番外側の濠で、右側が古墳、左側が周回路になります。



こちらの写真は仁徳天皇陵としての拝所、11時40分に到着しました。鳥居の手前が2番目の濠で、向こう側が一番内側の濠。さらにその向こうに小山のように聳えるのが古墳本体。すべて人力で工事したかと思うと、要した労力の膨大さは想像もつきません・・・。



古事記や日本書紀では非常な明君とされている仁徳天皇ですから、これが天皇陵だとしたら、民衆は感謝の気持ちを込めて工事に参加したのかも。ちなみに、この拝所には市民ボランティアの方がおられて、いろいろと説明してくださいました。地元の方ならではの話題もあって、例えば、子供の頃は周囲の鉄柵もなく古墳がもっと身近な存在だったとか、近くの飛行場から遊覧飛行で300m程上空から古墳群を一望できるとか。遊覧飛行は一人8000円だそうで、そこそこリーズナブル?



一番外の濠は鉄柵で囲まれ、中にある古墳に続く通路は頑丈な鉄扉で閉じられています。どなたか眠っておられるにせよ居心地の悪そうな・・・。



古墳西側の周回路を歩くと仁徳天皇の皇后 磐之媛命の歌碑があり、万葉集当時の日本語を偲ぶ事が出来ます。



大仙古墳のお濠に佇む鷺一羽。人が入れないだけに、古墳は鳥の楽園。



ぐるりと大仙古墳の周回路を一周すると、もう1時少し前。休憩を兼ねて、古墳と公園の間にあるレストランで遅めの昼食を取ります。その後、1時30分頃に公園内の堺市博物館を見学。館内には古墳から出土した埴輪や土器、特別展のパノラマ地図が展示されており、かなり楽しめました。写真は博物館を正面から見たところ。



博物館の入り口には、堺に縁の茶人 武野紹鴎の像があります。



こちらは同じく千利休像。武野紹鴎の弟子で侘び茶を完成させたものの、秀吉に切腹を命じられて非業の死を遂げました。茶道のみならず、茶室・数寄屋造りの建築、客をもてなすための料理など、現代にも残る日本の伝統文化を形成した人です。



これまた博物館入り口近くの茶室、伸庵(しんあん)。堺市の市制90周年を記念して東京芝公園から移築されたそうです。



博物館を離れ、次の古墳を目指しつつ大仙公園で発見した秋の桜。



公園の南西端まで歩くと七観音古墳が視界に入ってきます。まさに円墳ですね。



さらに公園を出て南に歩くと上石津ミサンザイ古墳が姿を現します。ここも被葬者は不明ですが、宮内庁は履中天皇陵に比定しており拝所も設置されています。



履中天皇は仁徳天皇の第一皇子、最初に見た田出井古墳の反正天皇のお兄さんです。



私達と入れ替わりで履中天皇陵の拝所に来られたご夫婦。四十歳前後と思いますが、神官以外の一般人が”拝跪”されるのを初めて目撃しました。天皇家を崇拝されている方達でしょうか?



この古墳も本当に巨大です。この写真の角度だと、川向こうにある丘か小山にしか見えません・・・。しかし巨大古墳はいずれも樹木で覆われ、天皇陵として同じような宮内庁の看板に拝所が設置され、大きさ以外の特徴が見えないのが残念です。江戸時代には大仙古墳(伝仁徳天皇陵)の頂上で桜の花見をしていた記録もあるようで、仮に御陵だったとしても庶民に近しい場所だったんでしょうね。古墳を学術調査したり一般公開しても、天皇家の象徴性や国民の信頼感は揺らぐものではないと思いますが。



上石津ミサンザイ古墳の巨大なお濠をくるりと回り、その後、いたすけ古墳から御廟山古墳を経由して15時45分頃に百舌鳥駅に到着。ここで2万五千歩弱、12km強を5時間半で歩く古墳散策を終えました。歩き疲れたので駅近くの喫茶店で休憩しましたが、長距離歩いた後のコーヒーは最高でした。



昔は百舌鳥周辺に100以上の古墳があったそうですが、現存しているのは50個程。宅地造成や土砂採取で壊されたようです。残念ですが、これだけ大小様々の古墳が密集していると、全てを保存するのは無理があるようにも思いました。遺跡保存と生活を両立させるには、もっと知恵を絞らないといけないようです。