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松尾大社

今回は、今回は京都の西、嵯峨の南に位置する松尾大社をご紹介します。
松尾大社は平安京以前の京都に古くから勢力のあった秦氏の氏神で、賀茂神社と並び京都で最も古い神社の一つ。嵯峨の渡月橋から桂川沿いに2km程南下した所にあり、裏手の松尾山を含む広大な境内を誇ります。私は車で神社に来ましたが、電車でも阪急嵐山線「松尾」駅から徒歩5分で来られますし、京都駅からバスも多数出ており、交通の便には事欠きません。ちなみに秦氏は、松尾大社以外にも伏見稲荷や蚕ノ社、太秦の広隆寺を建立するなど、大きな勢力を持つ朝鮮半島からの渡来系氏族でした。聖徳太子の補佐役として有名な秦河勝は、この秦氏の出身です。
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松尾大社の位置は、下の地図(グーグルマップ)でご確認ください。


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さて、まずは鳥居で一礼して境内に入ります


さすがに京都最古の神社だけあって楼門も立派、ちょうど七五三の時期で境内は参拝客で一杯です


本殿では七五三のご祈祷の真っ最中


実は20年ほど前にも松尾大社に来た事がありますが当時は「お酒の神様?」くらいの認識しかなく、今回改めて参拝して、新たな発見がたくさんありました。
写真はその発見の一つ、松風苑三庭の「曲水の庭」。現代庭園学の重鎮、重森三玲の遺作で、四国の吉野川上流から運んだ緑泥片岩を多数使った豪快華麗な3つの庭園からなります。曲水の庭の奥には宝物館もあり、三庭と宝物殿込みで大人の拝観料が500円でした。


重森三玲は全国の名園を実測調査した庭園研究家であり、東福寺の方丈庭園等の数々の名園を作庭した芸術家でもあります。もともとは画家を目指していたようですから、美的バランス感覚の鋭い人だったんでしょうね。調べてみると、四国八十八カ所霊場の八十六番札所 志度寺の庭園も手がけており、お遍路した時に見逃したのを今更ながら悔やんでいます。四国のお遍路さん、見逃さないようご注意あれ。


曲水の庭は王朝文化全盛期の平安貴族が雅に遊ぶ場を表現したものだそうで、城南宮で催される「曲水の宴」の一場面を思い起こさせます。ちなみに曲水の宴とは、水の流れのある庭園などで流れのふちに出席者が座り、流れてくる杯が自分の前を通り過ぎるまでに詩歌を読み、出来なければ罰として盃の酒を飲むという行事です。雅というか、悠長なというか・・・。


また宝物館には、日本最古の彫刻神像といわれる男女二神の木造座像や、源頼朝・織田信長・徳川家康等の天下人の書状も展示され、なかなかの見物でした。係の方が由緒などを解説してくださったのも個人的には楽しめました。

で、こちらは「曲水の庭」の奥にある「上古の庭」。松尾山中の磐座(いわくら)を表現した庭で、中央に寄り添う二つの背の高い石が御祭神の男女二神、その周りの多数の石が諸神、一面の丹波笹が山の木々だそうです。なお、笹には50〜60年でいっせいに実をつけて枯れてしまう習性があり、その度に笹を植え替えるんだそうです。


三庭のうち二つの見学を終わり、上古の庭の裏手に回ると松尾山の磐座につづく参道の入り口(鳥居)があります。境内の全体地図はこちらのリンク先をご覧ください。


鳥居の横を抜けて進むと、松尾山裾に流れる霊亀の滝に到着。この清流が曲水の庭に続きます。


さらに進むと神泉、亀の井。その昔、秦氏がこの水を使って酒造したんでしょうか。松尾大社は日本一のお酒の神様とも言われますし、いずれにせよ酒造りと縁の深い土地だった事は間違いありません。


亀の井には、愛嬌と力強さを兼ね備えた亀の像が。ここの水を汲みに来る方も多いそうです。


ここでいったん拝観受付の前を抜けて参拝エリアに戻り、松風苑三庭の最後、「蓬莱の庭」に向かいます。名前の通りモチーフは仙人の住む海上の山、蓬莱山。池が海、岩が海に浮かぶ島を表現し、庭全体が羽を広げた鶴の形をしています。


滝を模した岩から流れ込む水音に耳を澄ませながら、仙人が海に浮かぶ島々を歴遊する様を思い浮かべてください。


池には鯉が泳いでいます。


蓬莱の庭を奥から一望すると、四国の岩を多用しているのがわかります。


三庭を見終わって再び参拝エリアに戻り、改めて本殿を眺めてみます。と、さすが古神道の神社、松尾山を借景にした姿が様になっています。やはり神社は鎮守の森や借景になるご神体山と一緒に保存して信仰すべきと思いました。


京都最古の神社、松尾大社は見所の多い観光名所でもありました。