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東本願寺の渉成園拝観

JR京都駅の北、東本願寺の飛び地境内にある渉成園を拝観してきました。紅葉が見頃になると観光名所はごった返しますので、思い立ったが吉日と電車で移動。京阪七条駅からは徒歩十分弱、JR京都駅から歩いても同じく十分ほどです。所在地は下のGoogle Mapでご確認ください。

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さて、京阪七条駅から七条通を西に進み、河原町通りから下数珠屋町通り、最後に間之町通りから渉成園の門を潜ります。受付を済ませると、高石垣が出迎えてくれます。


塀に沿って敷地を奥に進むと瀟洒な門が視界に入ってきます。この先はいよいよ名高い庭園に。あの詩仙堂を開いた石川丈山の作と伝えられる名園ですが、建物は幕末の蛤御門の変などで焼失したため、現在の建物はすべて明治以降に再建されたものだそうです。


門を潜って敷地に入ると、池の向こうは滴翠軒(てきすいけん)


所々、紅く色付き始めてはいるものの、まだまだ緑が主役の日本庭園。渉成園は枳殻(からたち)の生け垣で囲まれていたことから、枳殻邸(きこくてい)とも呼ばれます。


左手前は臨池亭(りんちてい)


池の向こう側、左手に”檜垣の灯籠(ひがきのとうろう)、右手に小滝。この小滝にちなんで滴翠軒と名付けられたそうです。滴る碧い水ということでしょうか。


臨池亭、滴翠軒を出ると、庭の苔の上に桜の落ち葉が。


先程の池の小滝の奥に隣接する代笠席。ちょっとした盛り土の上に建ててありますが、これだけで平地に建てるのと印象が違いますね。


こちらは傍花閣(ぼうかかく)。桜に囲まれており、春の花見の季節にも是非来たい所です。


庭園奥に広がる印月池(いんげつち)、東山から上る月影を水面に映して美しいことから名付けられました。と、これに懸かる侵雪橋(しんせつきょう)。


侵雪橋に寄った所。やはり雪が積もる季節が一番美しいんでしょうね。池にはめずらしくこの印月池も水が澄んでおり、橋の姿が映り込んでいます。


庭の中を潺が流れており、水音が耳に心地良く響きます


”獅子吼”(ししく)と呼ばれる石組みから水が流れ出て印月池の水源の一つに


これも印月池に懸かる回棹廊(かいとうろう)


檜皮葺の屋根をアップで


回棹廊の屋根


ススキの季節ですね


印月池のカモ




平安京初期の左大臣で嵯峨天皇の皇子、源融(みなもとのとおる)の供養塔と伝えられる九重の塔。融は光源氏のモデルの一人、当時の代表的な教養人・風流人で、陸奥の国は塩釜の風景を模した六条河原院を造営したとされ、これが後に渉成園となったと言われます。塩釜と言えば、陸奧の国一之宮である塩釜神社や国府を兼ねた多賀城が奈良時代から存在した宮城野の中心、宮廷人憧れの地だったようです。そういえば、後に西行や芭蕉も宮城野を目指しました。


同じく、印月池に浮かぶ小島


同じく印月池に浮かぶ南大島、臥龍堂(がりゅうどう)とも呼ばれるそうです


侵雪橋を渡り振り返る


人がいなくなった所を狙って回棹廊を撮影


緑と赤のコントラストが綺麗です


色とりどりの木々を背景に佇む”碧玉の石幢”(へきぎょくのせきどう)


侵雪橋を渡った所に聳える枯れ大木、高々と堂々としていますね


枯れ木越しに見える傍花閣



傍花閣に違う角度から寄ってみました


”偶仙楼”(ぐうせんろう)、逆光ですが・・・


”蘆庵”(ろあん)の庭の春日灯籠




同じく庭にひっそりと佇む灯籠と手水鉢


印月池の侵雪橋を振り返る


印月池の供養塔と臥龍堂


こちらは、池越しに縮園亭を見た所


侵雪橋、何度見ても飽きませんねー


で、また侵雪橋に寄ってみました・・・


池の南端にある漱枕居(そうちんきょ)。縮遠亭は飯店、代笠席は茶店、この漱枕居は酒店として用いられたようで、あわせて煎茶三席というそうです。


漱枕居の横を抜けて出口に向かいます


最後に紅葉をバックに侵雪橋に見納め


1880年、明治13年には明治天皇が渉成園に来園された記念の石碑。


源融以来、1200年の日本文化の粋を伝える渉成園を堪能できました。京都駅から至近の名所ですし、関西にお越しの際に拝観されてはと思います。