目次

gosekitoba webヒットカウンタ

Google+

上・下醍醐散策コース

数年前のゴールデンウィーク、5月初旬に醍醐寺から上醍醐に登ってお堂巡りをし、下って下醍醐の境内を拝観しました。上醍醐の准胝堂は西国三十三カ所の十一番札所のため、気軽に参拝に来られる方もおられますが、かつては修験道の本場。醍醐寺の山門から准胝堂まで約2.5km、最奥部の開山堂までは3km弱、往復で6km程歩くことになりますし、途中、結構な傾斜の上りが続いたり滑りやすい所があったりで、ヒールやサンダルはお勧めしません。トレッキングシューズ、少なくとも運動靴で歩かれては思います。なお散策の所要時間ですが、醍醐寺山門から准胝堂まではちょうど1時間、その後、薬師堂、五大堂、如意輪堂、開山堂と巡礼して女人堂に降りてくるまで、さらに1時間。女人堂から下醍醐の仁王門から境内に入って多数の伽藍を拝観するのに1時間、全行程で3時間強でした。なお今回は三宝院には入りませんでしたので念のため。ではいつもの通り、散策コース(今回は片道のみです)をGoogle Mapでご覧ください。

より大きな地図で 醍醐寺から上醍醐に を表示

このページの写真をクリックすると拡大表示します。

生憎のお天気となり、小雨降る中、醍醐寺の山門にやってきました。ここから上醍醐の准胝堂を目指して出発します。


三宝院への参道から逸れ、上醍醐への入り口、女人堂に歩きます。雨の巡礼は風情があり、参拝客もまばらで深閑とした境内を楽しめてnot bad。


徐々に森が深くなり、修行の地らしい雰囲気になってきました


道端に西国第十一番霊場の石碑を発見。どうやら道は間違っていないようです。


ここが女人堂。昔は男子禁制でしたので女性はここまでしか来られませんでした。手水で身を清めてお堂でお参りをし、巡礼の準備完了。


女人堂を抜けると、徐々に上り傾斜がきつくなります。小雨降る薄暗い空模様でしたので、余計に道が険しく感じました。


昔を偲ばせる苔むした丁石


その昔、豊臣秀吉が開催した有名な醍醐の花見では、この辺りにも宴席が設けられたんだそうです。木に囲まれていますが、当時は伐採して視界を確保し、醍醐寺の境内や桜を眼下に一望できたんでしょうね。


いよいよ傾斜がきつくなってきた所でちょうど祠があり、お参りをして一息つきます。木造の休憩所があり、せせらぎの音を聞きながら脚を休められますが、お天気が気になるので素通りして先を急ぐことに。


大きな木の下を黙々と登っていきます。この辺りで雨が上がり、傘なしで歩けるように。


ケーブルが何本か張られていますが、伐採した木を運ぶ仕掛けでしょうか?


寺務所の門が見えてきました。


幟があるということは、札所の准胝堂も近いはず。


准胝仏母の石碑。准胝堂のご本尊は准胝観音ですが、准胝仏母と呼ばれることもあるそうです。


醍醐寺の名前の由来となった”醍醐水”の井戸があるところ。残念ながら、今回は渇水のため中に入れませんでした。裏手の上にチラリと見えるのが准胝堂の屋根。


写真をクリックすると拡大表示しますので、醍醐水と醍醐寺の由緒をご覧いただけます。聖宝理源大師が874年にここ醍醐水のお堂を建立して准胝、如意輪の両観音像を安置したことに始まり、907年には醍醐天皇が薬師堂を建立、五大堂も落成して上醍醐の伽藍が完成。926年に下醍醐の釈迦堂が建立され、951年に五重塔、1115年に三宝院が落成して上下醍醐寺が完成。年代だけ並べても仕方ありませんが、1100年以上前から250年ほどをかけて作り上げられた大伽藍群なんですね。さらに三宝院完成から約450年後に秀吉が醍醐の花見を敢行しました。



醍醐水の井戸の横を抜けて石段を登ると、清瀧大権現のお堂が。ここまで来ると准胝堂はすぐそこ。


清瀧大権現の裏手にある祠。蜂がブンブン飛び回っており、見回すと大きな蜂の巣が・・・。


さらに上ると、ようやく札所の准胝堂が見えてきました


境内の石仏群は三十三カ所らしい光景ですね。


先程の醍醐水の建物を見下ろした所。


准胝堂を正面から。この1年ほど後の2008年8月、残念ながら落雷で准胝堂は全焼してしまい現在もなお再建工事中です。


お堂の中を撮影させていただきました


准胝堂の扁額をアップで



巨大な赤い提灯が札所らしさを醸し出します


お参りを済ませて御朱印もいただき、次は薬師堂に。何の変哲もない建物に見えますが900年ほど前の平安時代に建築された国宝です。


薬師堂の由緒は、看板の写真をクリックしてご確認ください


薬師堂からさらに上ると、木々の切れ目から遙か下界が霞んで見えます


道ばたの窪みに安置された石仏く


と、姿を現す五大堂。不動明王を中心とする五大明王をお祀りするお堂です。毎年2月の五大力尊仁王会は有名で、最終日に150キロの鏡餅を持ち上げる力自慢大会が開催されます。関西の方は、この光景をテレビで見たことがあるのでは?


真ん中の像が醍醐寺の開祖、理源大師 聖宝、右が役行者、左が弘法大師 空海・・・だと思います。修験道、真言宗の醍醐寺らしいですね。


クリックして五大堂の由緒をご覧ください


お堂の中の壁画を3連チャンで。






お参りを済ませて五大堂に別れを告げ、いよいよ上醍醐の最深部を目指して出発!


高台にあるだけに気温も低いせいか、まだ桜が咲いています


これが上醍醐の最高所、標高450mの開山堂


右下の白い看板横の鳥居は、次の十二番札所 岩間寺に続く巡礼道への入り口


開山堂の内部


開山堂隣の蔵の中を覗くと、仏様が二体見えます


これがその蔵


手前(右)が開山堂、左が如意輪堂。どちらも桃山時代の遺構で重要文化財。


開山堂の由緒です


如意輪堂の全景


上醍醐の最高点から見下ろした景色、お天気が良くないのが残念・・・


開山堂と如意輪堂の間にある白山大権現の祠


この鳥居を潜って進むと岩間寺に


如意輪堂の由緒


うねうねと怪しげな木の根


少し休憩して今度は下ります。先程の清瀧宮本殿を見上げたところ。その左下は清瀧宮拝殿の屋根、拝殿は室町時代の寝殿造りで国宝です。


今度は幟の前を逆に歩いて山門に戻ります


往路と同じ道を一気に駆け下ります


出発点の女人堂に戻ったところ


無事に上醍醐のお堂巡礼を終えて、今度は下醍醐の境内を拝観。山門の仁王像が出迎えてくれます。


山門を潜って参道を進むと、金堂が見えてきます


こちらは清瀧宮の本殿。醍醐寺の総鎮守清瀧権現(せいりゅうごんげん)を祀る鎮守社で、上醍醐の清瀧宮から分身を移してお祀りしたそうです。


清瀧宮本殿の全景


本殿の向かいにある清瀧宮の拝殿


国宝の五重塔、951年に完成した京都府最古の建物の一つです。


五重塔の足下に寄ってみた


不動堂には上醍醐の五大堂と同じく五大明王がお祀りされています


不動堂の内部、真ん中にお不動様の像が。


真如三摩耶堂


先程登った醍醐山を借景に


三摩耶堂の中の寝涅槃像


不動堂を遠目に


祖師堂には真言宗の開祖、弘法大師・空海と、醍醐寺開祖の理源大師・聖宝がお祀りされています。聖宝は空海の孫弟子だそうです。


伝法学院(修行道場)


境内の一番裏手にある山門、ここで折り返して金堂方向に戻ります


大講堂。内部に丈六の木造・阿弥陀如来坐像、大日如来坐像、深沙大将、大黒天、地蔵菩薩といった諸仏像が安置されています。


弁天堂


振り出しに戻って、金堂は醍醐寺の本堂と言える建物で国宝。安置されている薬師如来坐像が醍醐寺のご本尊になります。


仁王様に守られた山門に戻って今日の散策は終了。ちょっとしたトレッキングと上醍醐・下醍醐の伽藍巡りで二度美味しい、さらに西国三十三カ所巡りも兼ねて三度美味しい3時間コースでした。