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比叡山参拝、東塔、西塔、横川中塔を一周

ご存知の方も多いかと思いますが、788年に伝教大師、最澄が一乗止観院という草庵を建て、794年の遷都で平安京(京都)の鬼門を護る国家鎮護の道場となって以来、1200年以上も日本仏教の代表的な聖地であり続けた天台宗の大本山、比叡山延暦寺。東塔、西塔、横川(中塔)と呼ばれる3地域に別れて、それぞれ本堂その他の堂塔群から成ります。比叡山は京都市街地の全域から見えますが京都府と滋賀県の境界にあり、延暦寺の住所は滋賀県大津市坂本本町です。2008年秋、10月初旬に念願の延暦寺参拝を果たしましたので、その様子を写真を交えてご紹介します。まずは自宅から車で比叡山ドライブウェイを経由して延暦寺バスセンターの駐車場に移動、そこから東塔、西塔、横川中塔の順に歩いて巡拝しました。その後、同じ経路を駐車場まで折り返して往復約17kmの5時間コース、山中だけにアップダウンがあり思ったよりキツいコースでした。12時から歩き始めて駐車場に到着したのが17時少し前、最後は辺りが暗くなり始めて焦りました・・・。
下記Google Mapは、駐車場から東塔、西塔までのコースです。


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写真をクリックすると拡大表示します。

まずは駐車場にほど近い東塔に向かいます。幸い秋晴れの晴天に恵まれ、抜けるような青空の下、大講堂で最初のお参りをしました。内部には延暦寺で修行した日蓮、道元、栄西、円珍、法然、親鸞、良忍、真盛、一遍といった高僧の像が多数祀られており、日本仏教界の一大根拠地としての面目躍如といった所。


延暦寺は天台法華にとどまらず、密教、禅(止観)、念仏などの諸宗を取り入れて発展させており、ここ大講堂には密教の根本仏である大日如来様がお祀りされています


大講堂を横から


隣には鐘楼。この横を抜けて根本中堂に向かいます


石段を降りて左手が総本堂の根本中堂、内部には最澄以来の「不滅の法灯」が灯る延暦寺創建の地。堂内には最澄自ら刻んだとされるお堂の本尊、薬師如来像が安置され、巨大で荘厳なお堂の雰囲気は仏教修行の聖地に相応しいものでした。お参りの後、お堂を出た所にある受付で記帳も完了。


根本中堂を出てすぐ、正面の階段を見上げると、その先には文殊楼が


階段を上ると文殊楼に到着


内部の急階段を上って・・・


文殊楼のご本尊、文殊菩薩様にお参りしました


文殊楼から根本中堂正面を見下ろす。織田信長の比叡山焼き討ちで根本中堂も焼失したため、現在の建物は1642年に徳川家光の命で再建されたもので国宝に指定されています。


延暦寺の諸堂は山中にあるだけに、根本中堂もぐるっと巨木に囲まれています


先程の大講堂方面に戻って東塔エリアを歩くと、戒壇院に差し掛かります。当時、僧侶は国家が任命するもので、戒壇はこの国家資格を与える場所。ここ延暦寺にも戒壇を持ち、僧侶を育成・任命することが最澄の悲願でしたが生前は叶わず、死後七日目にようやく実現しました。僧侶の任命権つまり戒壇を持つことは、奈良の東大寺など宗教界の旧勢力が持つ既得権であり、新勢力である延暦寺に持たせることには大きな反発があったため、その後、新旧勢力の間の火種となったそうです。



法華総持院東塔と、右手に阿弥陀堂


阿弥陀堂の外観


ご本尊はもちろん阿弥陀如来様


木々の緑に塔の朱が映えます


阿弥陀堂を横から


東塔を見上げた所、逆光なので少々暗いのはご容赦の程を・・・


比叡山山頂に近い高所のせいか、空の青が深いようです


戒壇院、再び。ここで東塔に別れを告げ、西塔に向かいます。


途中、弁慶水の看板が見えてきます。弁慶が西塔に住んでいた頃、千日間ここの水を汲んで参詣したのが名前の由来。現在も杉の根元から水が湧き出ています。


弁慶水を囲む建物を振り返りつつ、西塔に向かいます


今度は山王院堂の前を通過


長い階段を下ると、正面に浄土院が


浄土院は伝教大師 最澄の廟所で延暦寺の聖地、ここから西塔エリアになります


比叡山には「三地獄」と呼ばれる行があり、その一つがここ浄土院の掃除地獄。午前三時に起床して終日、堂内・境内を掃除し続ける行で、これを十二年間続けるんだそうです。実際、境内には枯れ葉一つ落ちていませんでした。


浄土院で見つけた白い花


浄土院に後髪引かれつつ、さらに西塔エリアを奥に進みます


石垣に不思議な色の苔が


こちらは普通の苔生す石垣


山道をズンズン進んで椿堂で参詣、ここまで来れば西塔の中心部はすぐそこ


法華堂と庭の苔


手前が法華堂、奥が常行堂


この渡り廊下が法華堂と常行堂を繋いでいます。あの弁慶が渡り廊下を天秤棒として両堂を担いだという伝承があり、まとめて”にない堂”とも呼ばれます。


常行堂、正式には常行三昧堂。常行三昧とは、90日間阿弥陀如来の周囲を念仏を唱えつつ、心に阿弥陀如来を念じながら歩く行のことだそうです。


にない堂を過ぎると、苔むした庭が渋い恵亮堂の前に差し掛かります。恵亮さんは、慈覚大師 円仁から灌頂を受けた高僧で、延暦寺では最澄、円澄、円仁に続く延暦寺第4世代といった人のようです。


さらに進んで石段を下りると、いよいよ西塔の本堂、釈迦堂が・・・。ひっそりと佇むお堂で一人お参りをすると、私のような未熟者でも、束の間、心が落ち着きます。正しくは転法輪堂と呼ばれ延暦寺に現存する中では最古の建物、もともと三井寺の園城寺の金堂だったものを秀吉がここ西塔に移築したんだそうです。秀吉は信長の命で比叡山焼き討ちに参加しましたので、罪滅ぼしの気持ちがあったのかも知れません。


暫く境内の静寂を楽しんでから釈迦堂に別れを告げると西塔巡礼も完了。延暦寺三塔の最後、横川に向かいます。結構アップダウンのあるトレッキング道なので、ヒールや慣れない靴はお奨めしません。この写真は横川までの中間点から、京都方面を見下ろした風景です。


比叡山「三地獄」の一つ千日回峯の行者は、ここから御所に向かい、天皇のご安泰を祈願する玉体加持をします。この行に因んで、近くの巨木が玉体杉と呼ばれるようになりました。


石仏に見守られつつ、横川への道を歩きます


途中、比叡山ドライブウェイの下をくぐったり迂回したりしながら、なかなかタフな道が続きます


西塔から45分ほどで、ようやく横川の中心部、横川中堂に到着


鮮やかな朱色のお堂に入ると、穏やかな表情の仏像が迎えてくださいます


元三大師堂が門の向こうに見えてきました。元三大師(がんさんだいし)というのは通称で、正式な諡号は慈恵大師(じえだいし)の良源(りょうげん)。1月3日に亡くなったので元三大師と呼ばれるようになったんだそうです。南都(奈良)の高僧を法論で論破したり、伽藍を整備したり、宗教教育の仕組みを強化したり、山内の規律を高めたりした第18代天台座主、延暦寺中興の祖とも言われます。


良源像を祀っていることから元三大師堂と呼ばれますが、正式名称は四季講堂


最澄よりも150年ほど後に生まれた良源は、数々の功績を上げた名僧ですが、民間の信仰も厚くいろんな逸話を持ち、厄除け大師、角(つの)大師、豆大師など、数々の異称でも呼ばれます。


元三大師堂の境内に聳える巨木達、モクモクと立ち上る緑の煙のように見えますね


木の間から根本如法塔の朱色が見えます。もともとは西塔の創設者である最澄の弟子、円仁が筆写したお経を安置した根本如法堂が建っていたそうですが、織田信長の焼き討ちで灰燼に帰したため、その跡にこの塔が建てられました。


横川中堂、元三大師堂、恵心堂、元三大師御廟、根本如法塔と横川エリアをぐるっと廻った所で、駐車場のある東塔エリアに戻ります。


抜けるような青空が広がる散策日和でした


西塔までの戻り道を急ぐと、また玉体杉に差し掛かります


横川や西塔のエリア内だけでなく、エリアをつなぐ道端の石仏にも花が供えられています。さすが延暦寺ですね。


西塔は釈迦堂横の巨木が見えてきました


延暦寺学問所、止観道場とあります。最澄以来、いったい何人の僧侶が延暦寺で学んだんでしょうか?


にない堂の一翼、常行堂まで戻ってきました。苔の緑が本当に鮮やかです。


地面から苔を見上げると、以外と高さがあるんですね


にない堂で修行する僧を見守ってきたかと思うと、苔と言っても只者ではないような・・・


西塔の一角にある聖光院跡の石碑。親鸞聖人は9歳で出家された後、20年に渡り延暦寺で修行されましたが、当初、常行堂の堂僧としてここにあった聖光院で念仏三昧の修行されたそうです。当時は公家から武家に政権が移行する時期で戦乱も多く、それだけに親鸞聖人のように新たな世界観・宗教で人間の悩みを受け止めようとする方が出られたんでしょうね。


聖光院跡の近くにある神社の鳥居。神仏習合の名残でしょうか、仏教の本拠地?とも言える比叡山延暦寺ですが、境内に神社も多数あります。


山の湧き水が清々しい・・・


西塔から東塔に足を速めて17時前にようやく東塔の大講堂に到着。薄暗くなり始めて少々焦りましたが、比叡山延暦寺の三塔巡礼を無事終了。多数の聖地でお参りができたのは何よりでした。


車で延暦寺の駐車場を出て山頂にあるガーデンミュージアムに移動。写真は展望台から琵琶湖を見下した風景。


写真左下隅のススキの穂が山頂の早い秋を感じさせます。暗くて見えにくいので、写真をクリックして拡大してご覧ください。


遠くまで続く山並み、改めて日本は山の国ですね


山頂ガーデンの看板が、そこからの眺望を説明してくれます


山の形も千差万別、自然の造形力は真似できませんね・・・


琵琶湖畔の大津中心部でしょうか


標高1000m近い高所だけに、すでに紅葉が始まっています


山と湖のコントラスト


こうしてみると田畑や平地が狭いことが良く分かります。小さな島国で居住エリアも少ないだけに日本の国土を大切にしないと・・・。個人的な意見ですが、狭い日本だけに、事故が起こると長期的に居住エリアを放棄せざるを得ない原子力発電には反対です。


比叡山延暦寺と山頂エリアを歩き、感じることの多い散策になりましたが、残念ながら時間の都合で西塔の外れにある黒谷青龍寺に行けませんでした。是非、再訪してお参りしたいと思います。